汽車遺産

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kishaisan

Author:kishaisan
小学校時代から線路端でSL写真を撮っておりました。
C62が特に大好きです。近頃はこのFC2のブロガーさん方のお陰で「風景に溶け込むSL写真」を勉強させていただいてます。

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汽車遺産
蒸気機関車をメインに撮影しております。
今が旬「白菜」。
白菜の旬は11~2月です。
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"白菜" スマホにて撮影 2017.11.26.撮影
  今では一年中採れる白菜。しかし冬を代表する野
菜ですね。この集落にも早々と雪が一昨日急に雪が
降りてきて慌てて白菜だけを今朝は全部収穫してし
まうそうです。
 因みに白菜は95%が水分だそうですが、栄養価は
意外と高く、 カロリーも低いので私のようなメタボの
ダイエットには良いそうです♪。因みにこのお婆ちゃ
んから「白菜、ブロッコリー、ネギ」を有難くも戴いちゃ
いました♬。

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"白菜の里??"

相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き
感謝に耐えません。今後共のんびり更新宜しくお願いいた
します。


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わたしだけ♪
C61ケツ撃ち( ;^ω^)  
 現在D51がA検査で大宮で整備中なので
上越線はC61が頑張っておりますよね!往路をりんご畑での
相も変わらずの「娘とのらくらく撮影」の後は、叔母の住む上
牧の老人ホームに行き、いつもは俯瞰で邪魔(m(__)m)なベイ
シアで冬物を沢山買い込んであげて、丁度「快速 SLレトロみ
なかみ」の復路の時間だった(謎)ので、皆さんが立つ水上出
発を叔母に見せに娘と連れていきました。
 娘は父親が生後8ヶ月には山口線に連れて行っておりました
のでやたら撮影場所には五月蝿く、定番の撮影地では馬鹿に
されるのですが、叔母に約80年ぶりに見せるには馬鹿にもさ
れずハドソン機のテンダーメインで撮ることが出来ました(^^;)。
D51よりはかっこよく感じるのは私だけ?!(^^;)。
水上にて
水上にて
2017.11.26撮影


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"91歳の叔母が汽車に向い手を振った((^o^)"
同じく水上にて(娘がスマホで撮影)。

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久しぶりの上越線出撃!
  出撃の3~4日前から週末には寒波が群馬にも寒波が
来るとの天気予報。「よっしゃ!」ということでタイヤを物置
から出し、GSに行くと2本タイヤ交換したほうが良いよとの
話。私にしては大枚の6万円支払いガッカリ。しかしそれか
らというものは国交省、みなかみ町のライブ・カメラを毎日
眺めていても全然雪は無し。当日の明け方再度寝床で見
ると「雪が」。よっしゃと気を取り戻して珍しく娘と現地へ行
くと全くの雪なし状態(泣)。 遠くの山々は雪景色にはなっ
ていましたが1月6日迄お預けとなりました(;_;)。
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"りんご畑から"
2017.11.19撮影
ベイシアを隠したら山も皆隠れちゃった(笑)。

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"毎度のことながらりんごが翳っちゃいました(´・_・`)"

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撮影地を知ろう!(5)
米坂線「小国駅の化学工場専用線」。
 飯豊山中のここ小国駅は新潟県と山形県に接した盆地に有ります。
小国駅は米沢~坂町を結ぶ米坂線の主要駅で、 小国駅には突然
大きな工場が現れます。
 昭和47年3月(1972年)の無煙化前は米沢、坂町区の9600形が客
車・貨物を牽引していましたが、その貨物が出入りする工場に向か
って専用線がありました。 調べてみたら日本重化学工業小国事業
所と謂い、主力としていたフェロアロイ(合金鉄)技術が元に電池他を
製造しているそうです。昭和13年に日本電興(株)が合金鉄生産開始。
会社名は改称や合併で日本電興→東芝電興→日本フェロアロイ→
日本重化学工業と変遷しています。
 専用線ではこのフェロアロイ生産のための原料入荷、製品出荷が
行われていたようです。 専用線は総延長キロ:1.7kmだったそうです
が、入替え含めて全てが国鉄の罐(9600)を利用していました。
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"小国駅にて(左には専用線が)"
保存状態が悪くて画が見づらくてm(__)m。

昭和44年7月(1969.07)撮影

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乗務員交代!
C5553の乗務を交代し、安堵感で
いっぱいの機関士・機関助士

緊張した労務からやっと解き放された感じが
感じられる写真を偶々撮っていたようです(汗)
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"筑豊本線・飯塚駅にて"
昭和44年5月(1969.05.)撮影


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たまには昭和で
今見る怪しげなる「ぼた山」
  残念ながら北海道の罐に比べると実に美しく整備を
されていた九州の罐でしたね。北海道で唯一綺麗だっ
たのは「C62 2のスワローエンゼルのステンレス部分」
だけだったような気がしてなりません(個人的感想)。
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"C5553とぼた山"
昭和44年5月(1969.05.)撮影
筑豊本線・飯塚駅にて


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撮影地を知ろう!(4)
福島県営荻野漕艇場
 喜多方市のHPを見ると「荻野漕艇場の歴史は古く」、昭和25年第7回
国体漕艇競技が福島県で開催されるのを契機に、開設されたそうです。
これまで数多くの全国大会、東北大会が開催されており、1kmにも及ぶ
レーンが6つも有るそうです。それで近隣には民宿が多く有るのですね♪


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"荻野漕艇場前(許可を得て撮影)"
2017.10.30撮影


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撮影地を知ろう!(3)
日出谷の旧渡船場跡
  阿賀野川沿いには昭和40年代までは現在ほど橋が架かっていな
かった為に、対岸に渡る為の渡船場が何箇所も有ったそうで、 「渡し
船が重要な交通手段」だった。阿賀野川の県営渡船場の中で最後迄
残っていたのが県営の渡し船が五十島地区にあったようです。
 この日出谷の渡船場も「県営」だったそうです。県営とあるのは渡船
ルートが“県道”扱いだった為だそうで、ちなみに船頭さんも県の公務
員さんだったと平瀬集落の方のお話でした。…知らなかった(笑)。

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"平瀬集落に残された渡船場跡への道(スマホで撮影)"

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"渡船場には子供達を向かいの現日出谷小学校迄通って
いたので川までは、しっかりとした階段が今も残る"

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"渡船場から対岸を望む"
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"この写真の川が光っている箇所あたりが渡船ルート"

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撮影地を知ろう!(2)
防風林と日出谷の集落。
阿賀野川からの川風の強い此処日出谷駅周辺は「集落を囲う
ように防風林」で先人達が植えたそうです。この場所には10数
年ぶりで訪問しましたが、もう豊美方面の抜けが見えない程樹
木が伸びてしまいました。 ※因みにこの撮影地周辺の土地は
日出谷駅の側のSさんの土地で昔は知らずに勝手に侵入(汗)
していましたが、今年5月に初めてその方を紹介して頂き了解
を得て今回撮影させて頂きました。 また撮影地までの林道に
は何年か前の水害の影響からか倒木が有り、 徒歩での撮影
地になっていました。


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"許可を取って撮影" 2017.10.28撮影

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