汽車遺産

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kishaisan

Author:kishaisan
小学校時代から線路端でSL写真を撮っておりました。
C62が特に大好きです。近頃はこのFC2のブロガーさん方のお陰で「風景に溶け込むSL写真」を勉強させていただいてます。

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汽車遺産
蒸気機関車をメインに撮影しております。
犯罪行為!

 今、話題の山口線。しかしながら残念なことに
長門峡名物の「黄色い駅名標識を切断」したり、
本門前踏切の津和野側線路脇に有った線路内
立ち入り禁止の注意看板を抜いたり、
どれだけ撮影禁止区域を増やしたいのか!!。
絶対に見て見ぬふりをせず警察に届け出を
して下さい!!!。

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"C581による「SL津和野稲成初詣号・9522レ」
雪の中のC58 1と津和野大鳥居"

昭和59年(1984年)1月1日撮影

 山口線では蒸気機関車現役時代、C57形は
使用されておらずD60、D51、C58などが使用
されていた筈です。C58には集煙装置が取り
付けてありましたが煙突の前に給水温め器が
付いているのでC57 1程、気になりませんで
した。昭和59年にボイラー不調により山口線
からは引退したと記憶しております。


相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き
感謝に耐えません。今後共のんびり更新宜しくお願いいた
します。

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マタギの里のC11
情報は古かった^^;
確か「奥羽本線の電化」が進んでいるさなか奥羽本線
「二ツ井~前山の間に信号場」が有り、スキー場から
俯瞰が出来る旧線がまだ残っているよ♪ましてやC61、
D51が架線が新線に切り替えられる前だから行ってみ
たら…と知人の情報を元に行った所もう架線の下!。
止む無く諦めて近場で行ったことが無いでしたが、阿
仁合線に鷹巣から足を向けて見ました。
 相変わらずの鉄キチはこの豪雪の中、4×5版(トヨビ
ュー)で撮影していました(^^;)。


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"マタギの里・C11241"
阿仁合~小淵?.1292レ(鷹巣行き)

昭和48年2月(1973.02)撮影

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旅 路
古豪9633

 SLブームの火付け役のひとつ?『旅路』(たびじ)は、
昭和42年(1967年4月)~昭和43年(1968年)3月まで
放送されたNHK連続テレビで「朝ドラ最後の白黒放送」
だったそうです。
 ドラマは小樽ではなく旭川市郊外の神居古潭を舞台に、
国鉄職員とその妻の愛情を中心に、大正・昭和を生きる
人々を描き大変な人気となりました。その脇役が「9633」
でした。私はこのドラマも有り、小樽築港機関区で9633、
C62達、B201を探し早朝に撮影したものだったと思います。

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"早朝だったためまだ庫で佇む9633"
昭和44年2月(1969.2.撮影) 

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電化・非電化の境で
函館本線の小樽市長橋には「Sカーブで電化・非電化の境」が有ります。
誰も撮りたがらない場所だし良いだろうということで撮ったんだろう(もろ
逆光なのに^^;)と思いますが?!。
そんなことより、小樽からの出発の狂ったような咆哮、ジェット機音で手が
震えていたことでしょう!きっと^^;。


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"「急行ニセコ104レ」"
※前補機はC62 2号機

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峠  道
良くぞ歩いてここまで来たもんだ
  「羊蹄山と煙がカーブして良い雰囲気になるかも?」と当時は
思ってこんな遠くの場所までひたすら歩いて来たのだろうか(笑)。
  倶知安駅では見えていたのが遥かここに辿り着く迄に羊蹄山
は雲に隠れてしまったのでしょうか??。
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"倶知安峠にて"

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沢田教一展 その視線の先に
日本橋高島屋にて8月28日迄開催中です!
個人的に昔からカメラが夢中に好きになるキッカケが
この元祖戦場カメラマン沢田教一さん!。
必見!感動モノですよ。

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盛況です♪。
 1965年からベトナム戦争で米軍に同行取材し、最前線で
激しい戦闘や兵士の表情など を数多く写真収めた青森県
生まれの写真家、沢田教一(1936-70)さん。
妻で有るサタさんをはじめ関係者の証言を紡ぎながら、34
歳で殉職した沢田さんの業績を是非見に行って下さい♪。
素晴らしいですよ。

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暑気払いのつもりが
ブログでは暑気払いができないので( ;^ω^)
 今回は「氷中シリーズ?」としたつもりが、
日本全国激暑が続くと思われていましたが、何故か東京でも
16日間も雨が続くとか…。いつの間にか「水不足は無くなり、
野菜・お米の生育が心配」です。

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"凍りつく大沼国定公園内の小沼より・C62牽引普通列車"

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「蓮葉氷(はすのはごおり)」
釧路川の冬の風物誌。「蓮葉氷」!。
 前日は釧路の友人宅に泊まり友人の車で、早朝から釧路川に来ました。
何と「久々の蓮葉氷」が見れました。早起きは三文の徳♪始発列車を撮りに
来て良かった(喜んでいたはず)ですヽ(゚∀゚)ノ 。
 友人曰く「釧路川に浮かぶ氷が、途中、お互いにぶつかり合いながら流れ
下り」、“蓮の葉”のように縁がめくれ上がった円盤状の氷ができます!。
この小さな「流氷」みたいのが「蓮葉氷」。寒さが厳しくなる頃、釧路川で見る
ことができます♪。
……欲を言えばこの日「けあらし」は残念ながら見ることが出来ませんでした。
しかしながら牽引機は当時人気者の門デフにJNR付の33号機でしたヽ(^。^)ノ。

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"釧路川にて/釧路始発列車網走行き混合631レ"


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透き通った氷上の上
厚岸湖氷上「怖かった」!
 厚岸湖の氷は、透明度が高いのか?氷の厚さが薄いのか?
下手くその写真を撮るにも必死になってゆっくりと沖合?に出て
撮影した記憶が鮮明に有ります(汗!^^;!)

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"根室本線厚岸湖氷上にてC58遠望"
貨465レ(厚岸~糸魚沢)
厚岸14:31発→糸魚沢14:53着


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"厚岸湾にて"

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一瞬だけ
ブレまくりの相変わらず下手くそな写真(汗)。
 国鉄のテンダー式蒸気機関車では唯一の2-6-2(1C1。プレーリー)型
車軸配置をしているC58型蒸気機関車。
 設計当時、島秀雄さんはまだ課長の立場で担当されていたそうです。
煙室上部の煙突の前に装備された給水暖め装置など、D51の量産型に
ほぼ似ていますね♪。


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"釧網本線(塘路にて黄昏時のなかを走る630レ・C58)"
昭和44年2月(1969.2.撮影) 

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ディスカバー・ジャパン!
1970年このキャンペーンは万博終了の1ヵ月後の10月14日(鉄道の日)から
始まりました。
アメリカで1967年に実施された「ディスカバー・アメリカ」という国内旅行を促す
キャンペーンのパクリ!だといった批判も有りましたが最終的には、更に懐か
しい日立製作所のカラーテレビの宣伝列車「日立ポンパ号(※真っ白にC11を
塗りたくり日本全国を走った)も、この「ディスカバー・ジャパン」のキャンペーン
とリンク連動されていたものだったそうです。また「ミニ周遊券」、「遠くへ行きた
い」も同時期に出来たとのことです。※今流行のSLに奇抜な色を塗りたくる
(m(_ _)m)走りだったかもしれませんね♪。

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"C58392による628レ網走行き列車(釧路駅10:06発にて)
ディスカバー・ジャパンの袋を持っていますね♪"
昭和46年5月(1971.05撮影)


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