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汽車遺産

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kishaisan

Author:kishaisan
小学校時代から線路端でSL写真を撮っておりました。
C62が特に大好きです。近頃はこのFC2のブロガーさん方のお陰で「風景に溶け込むSL写真」を勉強させていただいてます。

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汽車遺産
蒸気機関車をメインに撮影しております。
またまた一発撮り!
昔の方がピントが合っていた^^;
 名門小樽築港機関区には何度か訪問していたことにより
お知り合いになった当時からとても偉い立場だったYさんと
は年賀状やら手紙による文通をしていた関係で、前日夕方
に機関区に訪問すると一応のC62の運用予定を教えて頂
けていました♪。
 それでC62 2が前補機に付く予定だと聞いて、倶知安迄
戻り、明日の撮影が嬉しくて豪華にも駅前の松尾ジンギス
カンで食事をし、倶知安駅から徒歩で雪の坂道を登り、往
復はがき予約してあったニセコユースホステルへ宿泊。
 翌朝は確か倶知安07時40分発長万部行きに乗車し目名
駅(08時45分着)から上目名方向に雪の降る中をひたすら
背負い籠にカメラ用銀箱とスリックの三脚担いで1時間程
歩きそこから2時間以上寒さに耐えて待つのでした。
※C62 2をカーブで本務機は写らなくても良いと考え列車
だけが入るように写したようだが昔のメモを見ると本務機は
C62 44であったようです。
<br
"急行ニセコ1号・104レ" .
昭和42年3月(1967年)撮影
BRONICA S2 ニッコールPC75mm F2.8


相も変わらずこのワンパターンの拙いブログですが
「のんびり更新継続中」です。宜しくお願いいたします。

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峠に挑む
  矢立峠を目指す罐を撮りに何回か訪問しましたが、
電柱他やたらと障害物が多すぎて困った記憶があります。
それで泣く泣く駅で撮った手抜きのワンシーンです。
  このC61 2号機は前年東北本線全線電化の影響から
青森機関区で働いておりましたが、奥羽本線の矢立峠が
昭和45年、迂回の新線完成により翌年には遠く鹿児島へ
転属になった罐です。※余談ですが義兄がこの新線の工
事に携わっていたのでこの当時は私にとっては敵(笑)で
した。
 

<br
"碇ヶ関駅?にて"
昭和42年2月(1967年)撮影


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このイメージが撮りたくて♪
日本最果ての鉄道写真撮影地!
ブログ用落石
根室本線(花咲線) 別当賀~落石
Canon EOS-1D X Mark II EF24mm F1.4L II USM
2018.12.10撮影

  このイメージが撮りたくて再撮に来てしまいました^^;。
太平洋に面した丘陵地帯で冬には遮る物がまったくなく
凍土の場所も何箇所も有り、 大げさなようですがアイ
ゼンを付け突風で固まったアップダウンのある雪原も
有れば腰迄ズボッと入る雪の窪地も有る道のり^^;です。
 前回とは異なり気合を入れて単焦点レンズを購入した
うえに、 撮影地には1時間ほど前に来ましたが太平洋
からの強風で凍傷にでもなるくらいの寒さの中で待ちに
待った根室行き単行列車が来ました!
 列車がギラッた瞬間を撮った時には単独撮影でしたの
で思わず万歳三唱をしちゃいました(笑)。

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紅葉の旬はわからない~。
みなかみ町諏訪峡
先週紅葉ベスト?


<br
"諏訪峡にて"
2018.11.10撮影 キヤノンEOS R 
RF24-105mm F4 L IS USM


<br
"初入荷(♪)キヤノン・EOS R"を使用して
撮って見ました。
 ここで紅葉を撮りたくて一年越しの諏訪峡撮影場所から
キヤノンが初めて出したEOS Rを使って撮影してみました。
ミラーレスなので一眼レフよりはボディは軽いのですが、
ミラーレス専用のズームレンズは一眼レフのレンズとほぼ
同じ重さで大枚出してやっと買ったのに少し残念でした(T_T)。



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いざ出発!
長万部駅構内7分のドラマ
  静かに長万部駅に入線してきた札幌行き103レ急行ニセコは、 ここ
長万部から始まるカーブの多い厳しい峠が3つも超えなくてはならない。
前には少しの休みを取ってスタンバイしていたデフレクタにはツバメの
マークを付けたC62 2がゆっくりとバックでC62 44と連結となり、ここ
からは重連での仕業となる。 どうやら本来の停車時間7分より遅れて
おり、 整備、乗務員達を煽るように構内では発車のベルがなっていた。
……この長万部での厳寒の地でのドラマに立ち会えた私は最高の幸せ
者です。

1.jpg
"函館から長万部までの牽引機はC62 44号機"

2.jpg
"ここからはC62 2号機が前補機として連結"

3.jpg
"山線の王者C62重連による咆哮を残して"
 昭和45年2月・長万部にて

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